FC2ブログ

爆走ストルイピンカ

□ シレーヌの封蝋 古代FT短編 □

シレーヌの封蝋

 春の訪れを告げる西風の日に生まれたから、叔父の通り名は「西風(ゼフィルス)」といった。
 麻畑がひろがるこの村一帯の織元の家で、ゼフィルスはその当主の三男として生を受けた。兄二人とはかなり年が隔たっていたため、叔父といっても、私から見れば、ほんのひとつ年上なだけだった。
 三十年前のゼフィルスという若者は、本当に風のように颯爽としていた。
 弓矢をとっても筆をとっても、村で誰よりも達者だったが、ことに竪琴と歌にかけては、近隣では比べるものさえない。
 徒党を組むことが嫌いで、竪琴を傍らにひとりでいることの多い彼を、娘たちはみな遠くから見て憧れ、噂しあった。
「でもあのかたは、いつまでもこんな村にいるようなかたじゃないわ。お名前のとおり、じきどこか遠くへ旅立ってしまわれるのよ」
 同じ年の娘がうっとり言ったのを今も私は覚えている。

 名といえば、私の通り名は「帆布(パヴィア)」だった。
 母が機を織っているとき急に産気づき、織られている途中の布を慌てておくるみにした。
 由来はそれだけでも、育ってみればそれは私に似合いの名だった。
 ざっくりした日用品。変哲のない平織で、目が詰んでいて、安価で耐用性に富む。
 実際私は、地味で面白味のない娘だった。
 背ばかり高く痩せていて、おしゃべりに混じるよりは、ひとり家事に精を出すほうが気楽だった。そしておよそ大人から叱られた記憶がないほど、聞き分けがよく、情緒が平坦だった。
 あの春まで、私は自分を、特に取り柄もないかわり、過ちもない人間だと思っていた。

 春祭の日のことだった。
 十五の私は、同じ年頃の村の娘たちと一緒に、新しい白い服をおろし、花輪で髪を飾り、唇にはじめての紅を乗せた。
 一団になって通り過ぎる私たちに向かって、露台で酒に酔った男たちが、「間違いを起こすな、散るな、早まるな」と、お定まりの歌で囃したてた。
「馬鹿なことを」と思ったものだが、その日私に生じた間違いは、俗謡よりもずっと深刻なものだった。
 私が踊りの輪からはずれ、樹にもたれて休んでいると、頭上から微かに竪琴の音が聞こえてくる。見上げればゼフィルスが木の枝に腰かけていた。
 目が合うと彼は笑顔を見せ、黙って私の手を取って引き上げた。並んで座ると、衣装の白が新緑に染まる。枝々から芽吹く葉の勢いは、すでに私たちの姿を人目から隔てるに十分だった。
 ゼフィルスは横にいる私にだけ聞こえる音で、竪琴かきならし歌った。即興の叙事詩だった。真っ青な海を進む白い帆船。はるかに島影をのぞみ、白い航跡を引きながら、水平線の果てを目指して。
 海さえまだ見たことがない私は、その日、自分の花輪を彼に捧げた。

 それからのひと月は、私のこれまでの人生でも、またとない目まぐるしい日々だった。
 片時の仕事の合間を縫って、人目のない野山で私たちは会った。そして気持ちの昂るままに、ふたり草の上を転げ回るようなことさえあった。上になり下になり、視界の端を緑と青が交互にめぐり、私たちは汗と草いきれに包まれて笑った。
 むろん畏れがなかったわけではない。
 昼はそうして、古い戒めをふたりして笑いのめしても、夜にはひとりの床の中、おのれの罪深さにおののいた。他人に告げることもできず、紐解くべき本もなく、窓から差し込む月光に照らされて、私ははじめて孤独というものを知った。

 ひと月目のある夕方、馴染みの草の上でふたり寝そべっている姿勢から、ゼフィルスは半身を起こした。
「そろそろここを出なくてはいけない」
 視線は東の彼方へ投げられている。茜雲が山並みの向こうへと流れてゆく。
 それが「どこへ」という話は別として、「何故に」ということなら、私にも痛いほどよく分かった。
 こんなことを続けていれば、いずれに人目に付く。噂が立つ。このままでいられるはずがない。といって自らの意志ではこの関係を断ち切れないことも、わずかの間に何度も試みたとおりだった。
「そもそもおれは、こんな村で一生終えるつもりはないんだ」
 不遜の響きに、すこし眉を顰めた私の目の前に、手が差し伸べられた。
「一緒に来い」
 それは突然身に降って来た告示のようでもあり、ずっと前から予期していた約束のようでもあった。
「お前なら、髪を切ればおれの弟で通る。船にだって乗れる。どこへだっていける。誰も追いつけやしない」
 咄嗟に何も言えないでいる私に、ゼフィルスは憐れむような微笑を浮かべた。
「発つのは明日の晩だ。それまで考えてみてくれ」
 言葉とともに、それまでどこにあったのか、大きな巻貝の殻を放ってよこした。
 見比べる私に、ゼフィルスは振り返って、拳を耳につける仕草をした。
「海の音が聞こえるんだ、それは」

 一度家に帰ってみれば、だが私には幼い弟がいた。世話するべき祖母も、山羊も、また織りかけの反物も。
 翌日の夕刻、煮え切らない返事だけを胸に、前日の場所に向かってみると、ゼフィルスはすでに出立していた。
 とりあえずはひとつ息をついたというのが、そのときの正直な気持ちだった。
 しばらくの間、私は放埒の報いとして、まず自分の身を案じ、異変がないと分かると、ようやく去っていった彼への神罰というようなものが心配になった。
 ゼフィルスの消息はすぐに途絶えた。
 折しも東の海の彼方で大きな戦争があった。世界の中心での、世界の帰趨を決める戦い。トロイ王国と諸国連合の衝突は、オリンポス山の神々の世界をさえ二つに裂いたという。
 神々、王たち、英雄、美女。名だたるものたちがひしめき、膨大な人員と物資が注ぎこまれて、坩堝のように煮えたぎるその当地へ、彼は立身と成功を求めて赴いた、と風の噂に聞いたのが最後だった。
 田舎出の若者ひとり、坩堝は跡形もなく溶かし去ったようだった。どうなったのか誰も知らない。どこにも伝わらない。
 私はときどき彼を思い、窓辺で貝殻を耳に当て、潮騒を聞いた。

 それから二十年が経った。
 私は相変わらず機を織り、やがて親のすすめる年下の男性を婿に取り、四人の子に恵まれた。
 数字に明るかったので、父の亡き後は、商売の帳簿をあずかり、人手や材料をも差配する立場についた。
 さまざまな条件に助けられ家業は隆盛した。生産量は伸び、販路はひろがり、わが家の工房でつくられた麻製品は、海をこえ四方へ散っていった。
 その中には、本当に船大工に納める帆や索具などもあったわりに、私はいまだその海というものを見なかった。山の向こうにもこれという用事がなく、踏んだのは五里四方の山に囲まれた土地にすぎない。
 けれど私はそれを引け目には感じなかった。すでに世の中の仕組みならばじゅうぶん理解していると思っていた。
 冬のあとには春夏秋がつづき、昼のあとには夜が来る。水は高きから引きに流れ、月は満ちてまた欠ける。
 商売の道もまた世の道理に沿う。良いものをつくって売れば良い評判が立ち、悪いものを送り出せば疎まれる。
 たしかにごくまれには、春に風花の舞う日もある。真昼に太陽の欠けることさえある。けれどもそれはただ一日の紛れ、「そんなこともあったか」と忘れられてそれまでのこと。
 私の若い過ちは誰にも知られなかった。

 それでも一度だけ足もとが危うくなった。
 三十のとき出来た三男が、生まれつき盲目と分かったときのことだ。
「何かの悪い因縁ではないのか」という、下働きの者の陰口に、私は情けなくもよろめいたが、夫がすかさず後ろから支えてくれた。
「驚くことはない。おれのご先祖の血筋だよ。別に誰がどんな悪さをしたとかじゃない」
 いっそ悩みのすべてを打ち明けて、この鷹揚な夫が、なお同じことを請け合ってくれるかどうか試したくなったけれど、あけすけな態度が誰をも幸福にしない例を、私はそれまでに数多く見ていた。
 私は黙したまま、この「千鳥(ネッサス)」という三男を、ことのほか大事にした。
 この子はさいわい、視覚以外は発育がよく、気だても穏やかで辛抱強かった。
 私と夫は、彼に楽器を与え、お抱えの楽人を雇った。ただ音楽が、単調に陥るかも知れない人生に、楽しみと慰めをもたらしてくれればいいと、それだけを思った。

 ある日、何の前触れもなく家の戸口に立ったひとりの男の顔をみて、私は手にした糸巻きを取り落とした。二十年ぶりに見るゼフィルスだった。懐かしさが一気にこみ上げた。
 だが招き入れて冷静に観察すると、荷物らしい荷物を持っていない。風采から判断する限り、功名を遂げてきたようには見えない。
 そしてそれ以上に戸惑わされたことには、膜をひとつ隔てたように、どこかやりとりのテンポが合わないのだ。
 違和感の正体はすぐに分かった。耳の働きが失われて、相手の唇の動きから、かろうじて言葉を読みとっているのだった。
 匪賊にとらわれ、拷問により、煮えた鉛を両耳に注がれた。そう言って、自ら横鬢を分け露わにした耳の穴には、ドス黒い異物が嵌りこんでいた。    
 私の唇を凝視しながら、ゼフィルスは言葉を継いだ。一音ずつ手探り瀬踏みするような訥弁がそこにあった。
「ほかに行くところがない。迷惑はかけない」

 さいわいなこと、そのときの私には、生家に腰を据え、積み上げてきた二十年ぶんの余裕があった。何があろうと簡単には脅かされることはないだけの。そして傷ついた身内を助ける私に、誰も特別な申し開きは求めなかった。
 ゼフィルスは虚脱しているようでも、さすがに自分ひとりの生計のことだけは心算を持っていた。村で作られる雑貨品に絵を描きつけて工賃を得るというのだ。私は住まいと作業場を兼ねた庵を用意し、道具をととのえ、商売の関係筋に取り扱いの口を利いた。
 それだけの手筈をつけてやると、彼の生活は間もなく軌道に乗った。こちらから売り込んで歩かずとも、どうしたものか、定期的に注文が舞い込む。その対価で日常に必要なものをあがなうことが出来た。
 けれど私の中では、いよいよ失望の染みがひろがっていった。どうやら今の彼には、ここを足がかりにして、明日どうするという計画があるわけでもないらしい。私の目からは手すさびのように見える同じ絵を繰り返し描く毎日が続くだけだ。ごくわずかな必要以外、出歩くことさえしない。
 聴力の問題ではない。もっと根本的な何かが変わったのだと思った。あの日のゼフィルスはもう帰らない。遠くで起こった何かの出来事が、永久に彼を挫いてしまったのだ。
 それが何なのか、私は聞かなかった。そもそも二人だけになる機会がなかった。

 それでもただひとつ気になったのは、彼の絵の意匠だった。それが得体の知れぬ化生の鳥なのだ。姿勢を変え、見る向きを変え、布いっぱいに大きな一羽のこともあれば、無数の影を連ねて壺の肌に舞っていることもある。
 見るほどに奇怪な生き物だった。人面鳥身。広げられた緋色の翼。ウロコと鉤爪のついた脚。どの一羽を見ても、凄艶な女の顔が何かを叫んでいる。
 お世辞にもいい趣味と言われなかったが、街の風流人士の間ではこの鳥がいたく評判なのだという。
 それが何なのか、説明してくれたのは壺を扱う商人だった。
 イレニア海の妖鳥セイレーヌス。あやかしの声で歌い、通る船を惑わす。魅入られた船は、波間を迷って岩礁に砕け、船乗りたちの肉は鉤爪に裂かれ、嘴についばまれるという。ただ楽聖オルフェウスだけが、自らの竪琴でこれを迎え撃ち、逆に慴伏させたことがある。
 さる顧客が、特にこの絵師の経歴を知りたがっているというから、私はめずらしく自分で彼の庵に出向き、その旨を伝えた。
 ゼフィルスは微かに笑った。
「どうせならば、派手で思わせぶりなほうが喜ばれるだろう。ではこう伝えてくれ」
 この職人は、若い頃、イタケ島のオデュッセウス王の航海に随身し、イレニア海の難所を越えた者である。
 航海に先立ち、待ち受けるセイレーヌスの脅威への対策が講じられた。その男は、竪琴の腕に覚えはあったものの、オルフェウスの代役を買っては出なかった。ひとかどの巧者とはいえ、天下に自分以上の奏者など掃いて捨てるほどいる。
 結局オデュッセウスは、魔女キルケーの忠告にしたがい、配下の船員の耳を、特に調合した蝋で塞ぎ、聴覚を遮断した。そしてついにさしかかった魔の海で、はたして蝋は怪物の声を防ぎ止め、船は首尾よく危地を抜けた。
 だが、その後ただひとつ困ったことに、何日経っても、男の耳からだけは、秘法の蝋が出てこようとしなかった。
 振っても掻いても熱しても取れぬこの蝋の問題は、外界の音が聞こえないというだけではない。退けたはずのイレニア海の怪異・妖しい女声の叫びが、微かだが確実に、途切れもなく、いまもその耳の中で響いている。
 それはいわば燻製の豚肉が、吸い込んだ煙の香を保存するように、耳の中の蝋の一塊も、魔性の歌を蓄え、後あとまで小出しにしつづける。
 ここにある絵は、まさにその声を聞きながら、半ば魂を奪われながら描いている絵なのだと。
 ゼフィルスの目が陶然と焦点を失っていた。気がつけば、昔の淀みない調子が蘇っている。
 けれど私のほうは、書き留めているうちに、目の前の字の列が、何か潔くないもののように思えてきた。
 つまりこれは、ありがちな敗残者の繰り言ではないのか。
 その身が若く、力にあふれ、世界の中心にあった日々の物語。世にも稀なる受難は、偉大な使命にともなうこの世ならぬ辛苦を担えばこそ。
 そしてこの話は、そもそもの因果の発端に、「稀なる罪」を据えて、はじめて本来の形になるのかもしれない。
 私は指先が冷えてくるのを感じ、用が済むとすぐ庵を出た。
 口述の書きとりは、そのまま商人の手に渡した。その内容は、思惑どおり街の好事家たちを喜ばせと聞く。
 ただし私自身は、その日から、一連の仕事を家の者に引き継ぎ、怪鳥の絵のついた品物には手を触れぬことにした。

 それから数年。
 上の息子ふたりも嫁をとって一人前の男になり、私は家業の要になる部分の何割かを明け渡した。
 そうなると関心の中心にいるのは、十二になる盲目の三男ネッサスだった。
 彼の現在を見ることは私の喜びだったが、その将来を思うことは楽しいばかりではない。もとより一生遊んで暮らせる家産はあるが、ただそれ食いつぶすだけで、他人の尊敬を受けぬものになってほしくない。
 誕生日の節目に本人にそれを告げると、考えぬことではないらしく、向こうからも、まとまった言葉が返ってきた。子供のわりに、落ち着いて筋道だった話し方をする。
「お母さん心配しないでください。ぼくはこの通りの身体だし、まだ音楽のことしか知りません。でも先生が言っていました。一流の楽人ばかりが偉いのではない。二流には二流の生きる道があるって。並の才能でも、若いころからひとつの技を真剣にみがけば、食べられるくらいにはなる。腐らず怠けずその仕事に取り組めば、みんな少しは尊敬してくれるって。ぼくもそう思います」
 これには少なからず驚かされた。
 化け鳥の絵ばかり描く男のことを横に置くとすれば、それは決して間違った教えではない。ただそれを告げる時期と、具体的な事柄との照らし合わせかたが問題ではないか。
 私はお抱えの楽士を呼び、真意を問いただした。だがそこで楽士ピッテウスは意外なことを言い出した。
 さしあたりネッサス本人にはそのように言ったが、今の自分の本音は違う。彼の才能は並でない。基礎はすでに修得し、自分が教えるべきことは、ほどなく尽きるであろうという。
 たしかにネッサスの歌と竪琴は、親の欲目で見れば、すでにそれなりのものになっていた。近在でも評判を得ているというが、ただ私はそれを額面どおりには受け取っていない。後ろに家の影を見ての、おざなりの拍手ではないかと疑っている。
「そう、まさにそこなんですよ」
 ピッテウスはわが意を得たりと頷いた。
 金持ち坊ちゃんの旦那芸に終わるか、一曲に代価を惜しまれぬ本物の楽人として立つか。ネッサスの腕は、いままさにその岐路に立っているのだ。新たなる段階へ導くには、自分よりもふさわしい教師が必要で、しかもその人物は、すぐ身近にいる。
 その次なる教師こそが、我らが一族の絵付職人ゼフィルスだというのだ。
 私は唖然とした。一体耳の聞こえない男が、どう他人に音楽を教えるというのか。
「私と同じ年配の音楽を志す者は、みな憧れたものです。この間お目にかかりましたが、あの人はまだ弾けますよ」
 楽士はさらに熱弁を振るった。
 ゼフィルスには詩才がある。若いころの天才的なひらめきは別としても、柔軟に言葉を織りなし、時に盛りつけ、時に端折り、音符に乗せていく方法を幾通りも身につけている。
 そういう玄人の技術を、芸術的霊感から離れたところにある卑しいものと見る向きはたしかにあるが、実際に竪琴を弾いて収入を得るものとして、それがあるとないとでは、芸域と活動の機会がまるで違ってくる。
 そして楽人ゼフィルスの名は、この地方一帯で、まだ人の記憶にある。その血を引くものが、実際に教えを受け、その楽風の一端でも偲ばせるとすれば、それはほかにない強い「ひき」になるだろう。
「たとえ技巧は達者でも、売り出すときの華がないばかりに、機会をつかめず、結局のところ大成できぬものが、世にどれだけいるか。そう、私のように」
 ピッテウスの言葉には、専門家らしい力があった。

 ゼフィルスとの交渉には夫が当たった。
 私はこの話に、ひとつだけ自分から条件を出した。
 ネッサスを教えている間は、それなりの謝礼を提供するから、あの化け鳥をもう描かないでほしい。
 申し出を受けたゼフィルスは、顎に手を当てて思案したすえ、「まずは本人の構えを見てからだ」と言い放ったという。
 だが、その構えに何か感じるところがあったのか、結果を言えば、ゼフィルスは意外にあっさり絵筆を捨て、ネッサスの師になった。
 ネッサスがロバの引く荷車に乗ってゼフィルスのもとへ通いはじめてからも、半信半疑の私は、幾度となくそこへ斥候を送りこんだ。報告は、絵の道具は見当たらず、新しい師弟の光景は、ピッテウスによるものと変わるところがないという。
 私は経過を見守り続けた。
 畑に播かれた麻の種が、芽を出し、やがて風に音を立てて葉を揺らすころになると、家でのネッサスに変化が現れた。
 爪弾く竪琴の音に、上等の黄麻のような艶と張りが出てきたことが素人の耳にも分かった。
 そして顔つきが明るくなっている。よく笑い、口数も多くなったと他人が言う。
 ついに私は、自らこっそり荷車の後を追い、庵の節穴から中の様子をうかがった。
 ひさしぶりに覗き見るゼフィルスは、すっかり髪に霜が降りていたが、かつてより表情が寛いでいる。その理由はすぐに知れた。対話のとき、相手の唇を凝視していないからである。
 驚いたことに、ネッサスが師に向かって、数々の不思議な手振りを次々に繰り出しているのだった。
 それが一種の符丁となって、聾者へ意思を伝えるらしい。音楽の素養が共通の基礎となっているのか、私にはまるで読み解けぬ仕草が多かったが、そのひとつひとつが、どうしても気持ちを伝えたいという熱意に溢れていた。
 もはや私も、ピッテウスの先見を認めないわけにはいかなくなった。物事は、私のいないところで着実にすすんでいる。
 やがてネッサスには、新進の楽士・吟遊詩人として、あちこちから演奏のお呼びがかかるようにもなった。そこへ至るまで、ゼフィルスが眠っていた自分の人脈をふたたび掘り起こし活用してくれたという。
 師弟は二人して荷車で出かけいき、貨幣の袋を携えて帰ってきた。互いの目と耳を補い合う、誂えたようないい道連れだと夫が言った。
 その期の謝礼を、私は自分の手から差し出した。ゼフィルスの耳には、まだあの黒い鉛だか蝋だかが嵌っていたが、私を見る目には穏やかな礼譲が浮かんでいた。
 私は誰も見ていないとき、ネッサスの印象的な手振りを、すこしだけ真似てみるようになった。

 村に春祭の準備期間が訪れていた。天気は良いが、強い風が時おり窓枠を揺する。
いつの間にかネッサスも当事者である十五という年になっている。彼には無縁と諦めていたのに、評判の楽士として、中心に近い席が設けられることを知ったときの、私の喜びは無上だった。
 機をたたみ、頭にスカーフを巻いて、そっと様子を見に行こうとしたそのとき、戸口に来訪者の影が差した。
 ゼフィルスがこの家にやってくるのは、この十年で二度目だった。
「折り入って話がある」
 テーブルを挟んで、私たち夫婦と向き合ったゼフィルスは、単刀直入に切り出した。
「ネッサスを旅に出すべきだ」
 すでにピッテウスとも相談して、彼も同じ意見だという。
 そのピッテウスが三年前、最初に「岐路」という言葉を使ったが、いまネッサスの人生にもう一度それが訪れている。今度は、地方の一名人で終わるか、世界で唯一のものを手にするかの。
「そのためには一度広い世間を旅し、人間と世界を深く知らねばならないと思う」
 夫が反射的に、掌で相手を押しとどめる仕草をした。
「そう言っていただけると親として何よりですし、まあいずれ仕事の暇をみまして、三人で遠出ということも」
「あなたがたではダメなんだ」
 ゼフィルスは身を乗り出した。
「おれがネッサスの杖になろう」
 顔を見合わせた私たちに、今度は諭すような口調になった。
「心配なのは分かる。むかし見得を切って飛び出したあげく下手を打って帰ってきた馬鹿者がいたからな。だが、今度は同じ轍を踏ませないためにこそ、おれがついて行くんだ」
 そしてゼフィルスは帰り際にも念を押していった。
「今日明日にとは言わない。付き添いもおれでなくて構わない。とにかく、ここがあいつの分かれ目なんだ。ここで男ふたりを育て上げたあなたがたならば、おれの言いたいことが分かるだろう」
 訪問者の出て行ったドアが風に翻って騒がしく往復する。
 私たちはふたり黙り合った。
 たしかにその指摘は、こちらの弱い箇所を鋭く刺した。ゼフィルスが本当に言おうとしたのは、単に音楽に関する問題ではない。ネッサスが青年として、大人の男として、自分を形作っていくことにかかわる話なのだ。

 それから何日かして、夫は遠い街まで、世間の情報を集めに出かけた。まだ何とも結論めいた話は出ていないが、やはり彼にもゼフィルスの言葉が響いている。
 私は夜、ひとりの寝室で、悪い夢にうなされた。
 広い海原で、ネッサスを乗せた小舟にめがけて、群がり飛ぶ化け鳥が次々に襲いかかる。潮騒に怪鳥の叫喚が入り混じり、抜け落ちた羽が禍々しく宙を舞う。
 私は目を覆い、何度もわが子の名を叫んだように思う。
「ここにいますよ、お母さん」
 目覚めればネッサスが枕元に立ち、私の手を握っていた。月光が窓から差して、彼の顔の半分を照らしていた。
「どんな夢を見たんですか」
 私はいつになく気弱になって、夢の内容を息子に話した。
「怪物、ですか」
 ネッサスは私の手を放し、馴染みの杖を取り直すと、傍らの椅子にゆっくり腰を下ろした。
「広い世の中のどこかに、本当にそういうものがいるんでしょうか。それとも何かの比喩なんでしょうか」
 答えようのない問いだった。
「いずれにせよ怖くはありません。そんなものに何ができるでしょうか。物語をご覧なさい。ヤツらは人間の偉大さを際立たせるためにいるのですよ」
 それからネッサスは思案するように、杖で床をコツコツ叩く。
「怖いといえばね、お母さん、ぼくはそんなものより、地を這っている毒蛇一匹が怖い。軒からぶら下がる蜂の巣が怖い。足元の小石ひとつが怖い。家のドアを一歩出れば、いくらでもあります。けれど、だからといって…」
 手で、話を打ち切る仕草をし、ネッサスは懐から何かを取り出した。
「昼間にもらいました。声のいい優しい娘でした」
 月光に白く照らされたそれは、一輪の百合の花だった。
 
 出発の朝が来た。
 空は晴れ、道が遠くまで白く続いて見えた。
 ネッサスは見送りに来た若い娘たちに囲まれていた。
 夫は荷車の御者に注意を与えている。
 旅装のゼフィルスはといえば、髪を短くして裾をしぼり、西風に目を細めるその姿が、いやおうなく私に遠い日を思い起こさせた。
『私は一度しっかり、あなたの歌と物語を聞きたかったように思います』
 今更ながら、私は出来るかぎりの身振りを交えて彼に伝えた。
 孤独なゼフィルスがどんな苦しみを悩んだのか、本当に私はいまだに何も知らないのだった。
「帰ってきたら息子に頼め。これから名声を響かせるあの男に」
 ゼフィルスは笑った。
 荷車の準備が整ったようだった。
『では道中お気をつけて。また必ず会いましょう』
 惜別の表現は、軽く両腕を開く仕草にとどめるつもりだったのに、風に背を押され、よろめいて受け止められたことで、それは本当に抱擁の形になってしまった。
 これを親しき身内の自然な別れの挨拶、と呼んでも許されるだろうか。
 ほんの一呼吸の間に、私はゼフィルスの耳に自分の耳を合わせ、潮騒とセイレーヌスの歌声を聴きとろうとした。




* 「シレーヌの封蝋 古代FT短編」目次へ戻る
*    *    *

Information

Date:2010/03/22
Trackback:0
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback


+